性同一性障害
Gender Identity Disorder(GID)とはいわゆる性同一性障害と呼ばれるこの疾患は「生物学的な性別と性への自己意識(性自認・gender identity)が互いに一致しない事で自信の生物学的性別へ持続的に違和感を感じる状態。」の事であり時に自己意識に一致する性を求める行動や自分自身の肉体を自己意識に少しでも近づける事を望む事がある状態を指す医学的疾患名であり同性愛や異性装などの性的趣向とは概念的に区別される。
性同一性障害を比較的簡素に説明すると「自身の心と体の性別が一致せずに違和感を感じる状態」と言えるだろう。
また性同一性(いわゆる性別のアイデンティティー)は大多数の場合は生物学的な肉体の性別と自身が認識する性別の性自認と一致している。つまり男性の場合は体は男性の体であり精神的な性自認も男性であり女性も同様に一致しているのがほとんどであるにもかかわらず時に性同一性の者の肉体的な性別と性自認の一致しない。
性同一性障害の定義
精神的な問題では無い
性同一性障害において生物学的性別が男性でありなおかつ自己意識の性が女性である場合をMtF(Male to Female)、その逆で生物学的性別が女性で自己意識の性別が男性の場合はFtM(Female to Male)と表記される。
世間ではしばしば同性愛(この場合はホモセクシャル・レズビアン・ゲイなど)と混同されがちではあるがコレらの性的趣向と性同一性障害の概念は基本的に異なり、同性愛とは自分自身の恋愛の対象が雄と雌どちらが対象であるのか?という性的趣向の概念であり自分自身の性的な自己意識(性自認)をどちらの性別と意識するのかという性同一性障害の概念とはまさに真逆である。
つまり同性愛は自分自身の性別に対して違和感を持っている訳ではなく現在の性別と反対の性別になりたい訳では無い。同様に性同一性障害も恋愛対象の性別が男性であろうと女性であろうと関係なく自分自身の肉体的な性別と精神的な性別の不一致に違和感を継続的に感じて性自認と同一の性別(つまり生物学的性別とは反対の性)になりたいと思っている状態なのが性同一性障害である。
同性愛ではなく異性愛
同性愛とはつまり男性として男性を愛するといったように自分自身の性別を認めたうえで同性の相手を恋愛対象するものであり、性同一性障害の場合恋愛対象はそれぞれMtF(生物学的な性別には男性)は男性、FtM(生物学的な性別は女性)は女性の場合が多いがこの場合は同性愛ではなく異性愛と言う事になる。
コレと同様に男装や女装といった異性装も性同一性障害の場合はあくまでも自分自身の性自認に基づいた服装をしているのであり話は外科的な手術から戸籍・家族や仕事との関係などといった部分にまで関わる根の深い問題であるため、あくまでも趣味と捉える場合の多い異性装とは違うのである。
他概念との決定的な区別
それぞれの概念の違い
性同一性障害はよく同性愛と混同されがちだが実際の概念は事なり結果として同性を恋愛対象としてはいるがたどる経路はまったく違ったものであり同性愛の論点としては「自分の性別が雄か雌かではなく恋愛としての対象の性別が雄か雌なのか」という部分に対して性同一性障害は「自分自身の性別を雄と雌どちらと認識するのか?」というジェンダーアイデンティティに関わるものである事からまさに正反対と言える。
この事から同性愛は自分自身の性別を認め受け入れたうえでの同性を恋愛対象とし性同一性障害の場合は肉体的な性別から同性愛に見えてしまうが実際には精神的な性別の性自認は肉体とは反対であり同性愛ではなく異性愛というのが本来の正しいところである。
同性愛と同様に異性装も概念としては別物であくまで趣味や楽しみとしての異性装と自身の性自認に従った服装をしているだけであって結果として異性装をしてはいるが結果に到るまでの辿る道筋がまったく違っている。この他にもニューハーフやおかまと同一視されテレビなどでのメディアでも同様に扱われているが実際のところニューハーフとは芸能や接客などの職業名であり疾患名である性同一性障害とは同意義ではないので注意が必要である。また反対に性同一性障害だからニューハーフになるのかというとそんな事も無く大多数が一般的な職種につき身体的性別を前提とした職業は回避される傾向が強い。
そしてオカマも元々は尻から転じた同性愛者を指し示す俗語であるのだが現代においては「女性のような男性」「女性の服装に異性装した男性」「男性を好きな男性」などの一般的な男性像からかけ離れた者たちを一緒くたに混ぜあわせ指し示す非常に混沌とした有耶無耶な使われ方をしており実際にはそれぞれ性格や異性装や同性愛
といったようにそれぞれ別々の概念である。
男女の扱いの差を無くせるのか
実際問題として実現可能かどうかとは別にもし仮に社会や文化における男性と女性の扱いの差をほぼ無くしたとするならば性同一性障害の苦悩は無くなるのかと言えばまったくそんな事は無く男女の扱いの差が無くなったとしても性同一性障害を発症している人にとっては依然として肉体は自身の性自認とはズレた肉体であり自分の身体に対しての違和感や嫌悪感を取り去る要因にはなりえないのである。
また異性装の件からも分かるとおり性的快感や性的欲望を満たすための手段として行う異性装とは違い性同一性障害の場合は自身の性自認に基づく服装をしているのみであり各個人がそれぞれ持っている性別に対するアイデンティティーが根底にあって性同一性障害と男女の性差の解消は根本的な部分において違うのがわかるだろう。



